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城下町熊本のシンボル
熊本城 (クマモトジョウ)
熊本城は日本三大名城の一つとして、1607年に完成されました。その後西南の役で焼失しましたが、薩摩軍の猛攻にも耐えて名城としての真価を発揮しました。
この熊本城は15世紀の後半に出田秀信が現在の熊本城のそばに築城したのが始まりです。その頃は「隈本城」という文字でした。
その後新しく、加藤清正が肥後五十二万石の太守となりました。清正は近代的城下町の建設を行うため、手狭である隈本城を作り直す必要を考えていました。
完成した1607年に隈本の文字も熊本に改名されこれからの新しい熊本の出発としての意味も含まれていました。
この熊本城は周囲5.3キロ、天守閣を3つ巨大な城でした。朝鮮出兵時の籠城の苦い経験を元に、城内には120ヶ所の井戸を堀り、多数の銀杏を植え、城内にある畳にはかんぴょうを入れて、緊急時における保存食としていました。
現在も城内の色々なところには井戸や門が残っております。
また、熊本城の石垣は「武者返し」といわれて全国的にも有名で、石垣の組み方やその曲線自体も力学的に現代においても高い評価を受けています。
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